法学部の信念

編集部: 辰野先生のご専門は何ですか?

 私は国士舘大学の法学部で、「犯罪学」や「被害者学」といった分野の研究をしています。罪を犯した人の処遇ですとか、刑期を終えた人の社会への受け入れ、また、被害にあわれた方々の支援や権利、あるいは加害者と被害者の関係はどのようにあるべきか、といったことなどをテーマにしています。法の論理的な思考に加え、社会科学的な考え方も必要な分野です。非常にデリケートな事柄ですし、また、答えがハッキリ出ない問題でもあるので、難しい研究ではあるのですが……。

編集部: どのようなきっかけで、犯罪学の世界へ?

 学生時代は大学で心理学を学んでいました。その知識を活かして法務省に就職したのですが、たまたまそこで犯罪者の更生に関わる部署に入りまして、保護観察所や法務総合研究所、保護局といったところで仕事をするようになりました。そういった中で、当時外部の大学の先生方と一緒に研究をする機会を持ちまして、一緒に活動をしているうちに、この研究テーマを大学で突き詰めてみたいと考えるようになったわけです。

編集部: 先生は被害者学の研究もなさっていますね。

 はい。やはり法務省にいたとき、犯罪被害者の実態を調査するプロジェクトに関わりました。1992年のことでした。調査を進めていくうちに、被害者の置かれている大変な状況が少しずつ分かってきまして、それで犯罪者だけはなく、被害者の方の研究も手がけるようになりました。犯罪者と被害者の関係は非常にデリケートで、最終的に互いにどういう関係がありうるのかということも、ひとつの研究領域になっています。もし仮に、被害者の方に、加害者と会って「謝罪を聞きたい」「思いを訴えたい」という気持ちがあるのなら、また、加害者の方にも「被害者に会って謝りたい」「弁償したい」という思いがあるのなら、そういう機会を持ってもいいのではないか、という考え方があって、それを「修復的司法」と呼ぶのですが、そこにも関心を持っているところです。

編集部: その研究で海外に行かれたのですね。

 はい、一昨年、バンクーバーの大学に行っておりました。「修復的司法」は、アメリカやカナダ、オーストラリアなどでは、すでに制度として実践されています。特にカナダではいじめなど、学校でのトラブルの解決にこの手法を取り入れているところがあり、この間もバンクーバーに行って、中学と小学校を見てきたところです。その学校では週に2回ぐらい教室で輪になって、生徒同士で自主的に意見を交換する機会を持っています。何かトラブルがあったとき、話し合いで解決するような雰囲気を日頃から作りあげているのですね。こういった取り組みの根底には、ペナルティを科したり排除したりするだけでは犯罪は抑止できないのではないか、何か他の方法はないのかといった動きがあります。こういった学びの取り組みを日本の学校でも実践できないかと考えているところです。

編集部: 調査にはどの様な目的で行かれるのですか?

 講義の合間を利用して、調査に出かけます。こういった現地調査は、自分の研究のためでもあるのですが、副産物として、講義で学生に提供する新しい情報や、問題意識を喚起するための材料集めにもなっています。実は昨日まで、長崎の福祉施設や刑務所を訪問していました。実際に担当者と会って話をし、また現場を見せていただきながら、こういったリアルな情報や刺激を、どうやって学生に伝えたものかと思案しております。

編集部: このような分野を学べる大学は多いのですか?

 法学部で、「犯罪学」や「被害者学」を学べるところは少ないと思います。「刑事政策」といって、犯罪や犯罪者にどう対処するかといった施策面を研究する科目を置いている法学部はありますが、心理学や社会学を背景とする「犯罪学」や「被害者学」を置いている法学部は珍しいでしょう。ましてや犯罪者と実際にかかわったいわゆる実務経験者が授業を担当している大学は数少ないと思います。国士舘の場合、法の論理的な思考に加え、少し違った観点、社会学的な物の見方を取り入れようという考えがカリキュラムにあらわれているのだと思います。

編集部: 非常に難しい分野だと思いますが、学生さんにはどのようにして教えているのですか?

 難しい分野ではありますが、だからこそ学生には、できるだけ頭を使って考えて、意見や感想を発表してもらうようにしています。たとえば今回の場合は教室で、ノルウェーでの取り組みを取材した映像を見てもらいました。ノルウェーでは犯罪を起こした人をできるだけ刑務所に入れないという取り組みを行っています。それを見た上で、犯罪者を社会の中に受け入れるべきか、あるいは遠ざけた方がいいのか、といった問いを学生に投げます。そして、それについての感想や意見をその場で書いてもらい、発表してもらいます。このテーマがさらに期末試験の記述式の問題にもなります。結論は出なくても、こういった難しい問題をいろいろな角度から考え、自分なりの意見を出すことに意味があると思っています。

編集部: フィールドワークもあるとうかがいましたが?

 学生には座学だけではなく、なるべく実例を見てもらおうと思っています。今回のゼミ合宿では、栃木県の刑務所見学も併せて行いました。受刑者の生活を目の当たりにするのは、学生にとって相当インパクトのあることのようです。他にも、参考になる講演会やシンポジウムがあれば授業の中で紹介し、参加するように勧めています。それから、被害者遺族の方を授業にお呼びすることもあります。前回は飲酒運転のトラックに追突されてお子様をなくされたご夫婦に話していただきました。学生には深く伝わったようでした。また、フィールドワークではありませんが、「法情報学」といって、実際にパソコンに触って、法情報の収集、活用、発信の仕方などを体得する演習形式の授業も行っています。

編集部: 先生は、eポートフォリオの導入にも携わっているとお聞きしましたが。

 eポートフォリオは今年から国士舘大学法学部が導入したもので、学生の在学中の学習記録を自動的に蓄積していく仕組みです。入学から卒業まで、学生の一貫したポートフォリオ作成を支援するもので、学生はレポートやレジュメ、論文、活動記録などをここに記録しておくことができます。将来の進路の選択や、実際の就職活動にも役立つと思います。また法学部では、新入生にいち早く大学になじんでもらいたいと考え、入学前の高校生にもこのシステムを導入しました。学生と教員のコミュニケーションや、学生同士の情報交換の場としても、幅広く活用できるツールにしていきたいと思います。

編集部: 最後になりますが、どのような人間を社会に輩出されたいとお考えですか?

 授業を通して身につけてほしいのは、物事を多面的に考える習慣です。世の中にはいろいろな価値観の人がいる。また、物事にはいい面もあれば、悪い面もある。好き嫌いとか、良し悪しとか、結論を出す前に、まず、いろいろな人の立場に立って考えられる人間になってほしいのです。そして、何か問題が起きたときはきちんと調べて、分析をし、多面的な思考のもとに、自分の判断を下せる人になってほしい。こういった思考のプロセスは、法律関係だけでなく、あらゆる職場で通用すると思います。入学したての頃はまだ幼さの残っていた1年生が、次第にしっかりしてきて、卒業する頃には一人前の大人になっている。こういった人間の成長に関われることは喜びでもあり、また大学で教えることの醍醐味だと感じています。「犯罪学」、「被害者学」の学びを通して、いろいろな角度から物事を見ることができる、バランスのよい社会人になってほしいと願っています。

辰野 文理(TATSUNO Bunri)教授プロフィール

早稲田大学卒業、法務省などを経る  
●専門/犯罪学、被害者学、更生保護制度、社会調査、等

掲載情報は、
2010年作成時のものです。